高齢者の自動車免許変換 [雑感]
高齢者の自動車事故が増えている。
年々身体の機能は退化していくことは否めないから、自分の認識以上に運動神経も退化していることは否定できないと思う。
認めたくないのは他の機能と同じことだが、物忘れ、運動能力、健康診断での数値の悪化、、
などなど、否応なしにつきつけられる。
だから、やはり車の運転は一定の年齢にたっしたらかんがえなくてはならないとは思う、未だ大丈夫なはずと思っていて事故が起きている。
だけど、今大都会の交通網の発達した場所ならともかく、地方は中都市でも交通手段がむずかしい。 車社会になり利用者が少なくなったバスは大幅に運転数を減らしてしまった。
その上地方では子供達は大都会へ就職してしまうため、老人化が進む。
夫婦二人、さらに独居老人が増え、日常の買い物にも不自由している。
免許を返上すればタクシー代が割引になるとか、いろいろやっているみたいだが、実際にはなかなか利用しにくい、免許返上した人たちの声はまさに意欲を失った老人という感じだ。
交通の便をよくするとか、返上したことでよりメリットのある企画を考えたり、車社会に育った人たちになんらかの救済措置を考えることはできないだろうか。。。
ただただ老人の事故が多いと騒ぐのではなく、これは現在運転している世代が必ず行きつく場所なのだから。
まして今の高齢世代よりさらに適応者は多くなるわけだから。
全自動カーが一般化して求めやすくなったとき、そのデメリットにも対応できるように、メーカーも管理系統も真剣に考えてほしい。
年々身体の機能は退化していくことは否めないから、自分の認識以上に運動神経も退化していることは否定できないと思う。
認めたくないのは他の機能と同じことだが、物忘れ、運動能力、健康診断での数値の悪化、、
などなど、否応なしにつきつけられる。
だから、やはり車の運転は一定の年齢にたっしたらかんがえなくてはならないとは思う、未だ大丈夫なはずと思っていて事故が起きている。
だけど、今大都会の交通網の発達した場所ならともかく、地方は中都市でも交通手段がむずかしい。 車社会になり利用者が少なくなったバスは大幅に運転数を減らしてしまった。
その上地方では子供達は大都会へ就職してしまうため、老人化が進む。
夫婦二人、さらに独居老人が増え、日常の買い物にも不自由している。
免許を返上すればタクシー代が割引になるとか、いろいろやっているみたいだが、実際にはなかなか利用しにくい、免許返上した人たちの声はまさに意欲を失った老人という感じだ。
交通の便をよくするとか、返上したことでよりメリットのある企画を考えたり、車社会に育った人たちになんらかの救済措置を考えることはできないだろうか。。。
ただただ老人の事故が多いと騒ぐのではなく、これは現在運転している世代が必ず行きつく場所なのだから。
まして今の高齢世代よりさらに適応者は多くなるわけだから。
全自動カーが一般化して求めやすくなったとき、そのデメリットにも対応できるように、メーカーも管理系統も真剣に考えてほしい。
インテリア [雑感]
最近は機能重視の建物やマンションの生活が多くなったせいか、昔風の家を建てる人がすくなくなっている。
実際都市部では土地の値段が高いから昔のように長い廊下や続き部屋などよほど余裕のある人でなければ立てられないと思う。
又生活が機能的になれば、インテリアも考えなければならない、
あるテレビ番組で現代的な高層ビルに高価な書画がかざられてあった、立派な重厚な額縁に入った
歴史的な名画や有名な作家の作品群だ。
ホワイとやアイボリーを中心にした建物のインテリアは現代風で建物と調和している。
しかし、飾られた絵画は昔の建物や18世紀ごろまでの大邸宅においてあったようなもの。
それにあの額縁。。印象は以降の近代作家なら、あの立派な額縁を喜ぶだろうか。。
どうせなら、ギャラリーを作ってかざり、癒しの空間にすればよかったのに、、、と嘆きたくなった。
といどき外国の映画をみると、さりげなく現代アートがかざられてあり、現代人のささやかな癒しの空間を見せている。
こういうセンスは急に育つものではないが、金額が高ければ癒しにつなガるという感覚は改めたほうがいいと思う。日本人のセンスが疑われかねない。
実際都市部では土地の値段が高いから昔のように長い廊下や続き部屋などよほど余裕のある人でなければ立てられないと思う。
又生活が機能的になれば、インテリアも考えなければならない、
あるテレビ番組で現代的な高層ビルに高価な書画がかざられてあった、立派な重厚な額縁に入った
歴史的な名画や有名な作家の作品群だ。
ホワイとやアイボリーを中心にした建物のインテリアは現代風で建物と調和している。
しかし、飾られた絵画は昔の建物や18世紀ごろまでの大邸宅においてあったようなもの。
それにあの額縁。。印象は以降の近代作家なら、あの立派な額縁を喜ぶだろうか。。
どうせなら、ギャラリーを作ってかざり、癒しの空間にすればよかったのに、、、と嘆きたくなった。
といどき外国の映画をみると、さりげなく現代アートがかざられてあり、現代人のささやかな癒しの空間を見せている。
こういうセンスは急に育つものではないが、金額が高ければ癒しにつなガるという感覚は改めたほうがいいと思う。日本人のセンスが疑われかねない。
雪 [雑感]
今日は大雪と吹雪になるという予想だ。
こんな日は出かけられない、車の運転も怖いし、歩きも滑りそうで怖い。
でも運動不足になりそうだ。
せいぜい家の周辺を歩き回ることにする。
外はかなり冷え込んでいる、最高気温は氷点下だし、雪寄せ(この地方では雪搔きを雪寄せという)も寒い。
どうしてもじーっと動かなくなりそうだ。
こういうとき私はマニキュアをする、なるべくはっきりした色、ローズ系の赤やパール系など、目立つ色。
指先を見る都度、少し華やかな気分になって動かない自分が情けなくなってくるからだ。
元気のいいうちに手のこんだレシピで少しお料理したら、重い雪の日に負けずにマニキュアをして
DVDで映画をみよう。そして身体が温まったら、少し雪を寄せよう。
凍り付いているかもしれないけれど。
こんな日は出かけられない、車の運転も怖いし、歩きも滑りそうで怖い。
でも運動不足になりそうだ。
せいぜい家の周辺を歩き回ることにする。
外はかなり冷え込んでいる、最高気温は氷点下だし、雪寄せ(この地方では雪搔きを雪寄せという)も寒い。
どうしてもじーっと動かなくなりそうだ。
こういうとき私はマニキュアをする、なるべくはっきりした色、ローズ系の赤やパール系など、目立つ色。
指先を見る都度、少し華やかな気分になって動かない自分が情けなくなってくるからだ。
元気のいいうちに手のこんだレシピで少しお料理したら、重い雪の日に負けずにマニキュアをして
DVDで映画をみよう。そして身体が温まったら、少し雪を寄せよう。
凍り付いているかもしれないけれど。
2017.1.1 [雑感]
約半年ぶり。
まだ生きていた。
差ほどおおきな事件も変化もなかった。ただ書き続けるエネルギーがなくなったこと。
この間3回ほど旅行した。
自信なかったわりにはよく出かけたとおもう。
なぜだろう、韓ドラにこっていた。
そうだ、5月に胸を強く打ってそれから書かなくなったんだった。
痛みがとれるまで3か月もかかった。これからも続けられるかどうか不安だけど、とりあえず頑張ってみよう
まだ生きていた。
差ほどおおきな事件も変化もなかった。ただ書き続けるエネルギーがなくなったこと。
この間3回ほど旅行した。
自信なかったわりにはよく出かけたとおもう。
なぜだろう、韓ドラにこっていた。
そうだ、5月に胸を強く打ってそれから書かなくなったんだった。
痛みがとれるまで3か月もかかった。これからも続けられるかどうか不安だけど、とりあえず頑張ってみよう
あの日を忘れない [雑感]
もうというか、まだというか東日本大震災から5年たった。
東日本に住んでいる人はみんなあの地震の凄さを経験した、今年も異常気象で雪が降ったり氷点下になったりしているけれど、あの日もその後の何日も寒い毎日だった。
停電になるということは、電化製品が使えなくなるということだけではない、、、ということを知った、信号機が止まってしまうのだ。
どの店も真っ暗。流通も機能しないから、買い物もできない。
冷蔵庫の中は冷凍食品もゆるみだす。
私の住んでいるところはガスが使えたからまだよかった。
生活状況でこのぐらいだから、あらゆるところ、自家発電のないところは大変被害だったとおもう。
まぁこんなことは我慢できる。
あの津波にあった地域の言葉につくせない惨事。
そして恐ろしい原発事故。
風化するにはあまりにもおおきな被害なのだ。
復興がおくれているという、被害の範囲が大きく、壊滅的すぎたのだ、さらに核の恐怖。
普通の災害に加えて放射能被害というおおきなリスクが加わり、スムースに運べない事情もあると思う。農家は汚染という被害、さらに汚染されていないところでもその地のものというだけで、買い控える風評被害。
もっといえば、巷では魚すら疑惑の目をむける。
若者は将来を思うだろう。
形に現れない思い、見えていない未来の状況。
そんな不安がたんなる自然被害と違う危機感が向っていくエネルギーを遮る、そういう思いに共感してしまう。
どうすればいいのだろう。
あの地域が安心して住めるようになるまで、何十年もかかるっとおもう。
それなら、あそこは象徴的な街として積極的につくってみたらどうかなと思う、
そこに入ることすら危機感はあるけれど。この小さな国にあれだけけの部分を奪い取られることはたいへんな損失なのだし。
夢、たわごとかもしれないけど、膨大な課税が実現することを思うと、もっと目に見える形でこの国の平和のためにつかってほしい。
東日本に住んでいる人はみんなあの地震の凄さを経験した、今年も異常気象で雪が降ったり氷点下になったりしているけれど、あの日もその後の何日も寒い毎日だった。
停電になるということは、電化製品が使えなくなるということだけではない、、、ということを知った、信号機が止まってしまうのだ。
どの店も真っ暗。流通も機能しないから、買い物もできない。
冷蔵庫の中は冷凍食品もゆるみだす。
私の住んでいるところはガスが使えたからまだよかった。
生活状況でこのぐらいだから、あらゆるところ、自家発電のないところは大変被害だったとおもう。
まぁこんなことは我慢できる。
あの津波にあった地域の言葉につくせない惨事。
そして恐ろしい原発事故。
風化するにはあまりにもおおきな被害なのだ。
復興がおくれているという、被害の範囲が大きく、壊滅的すぎたのだ、さらに核の恐怖。
普通の災害に加えて放射能被害というおおきなリスクが加わり、スムースに運べない事情もあると思う。農家は汚染という被害、さらに汚染されていないところでもその地のものというだけで、買い控える風評被害。
もっといえば、巷では魚すら疑惑の目をむける。
若者は将来を思うだろう。
形に現れない思い、見えていない未来の状況。
そんな不安がたんなる自然被害と違う危機感が向っていくエネルギーを遮る、そういう思いに共感してしまう。
どうすればいいのだろう。
あの地域が安心して住めるようになるまで、何十年もかかるっとおもう。
それなら、あそこは象徴的な街として積極的につくってみたらどうかなと思う、
そこに入ることすら危機感はあるけれど。この小さな国にあれだけけの部分を奪い取られることはたいへんな損失なのだし。
夢、たわごとかもしれないけど、膨大な課税が実現することを思うと、もっと目に見える形でこの国の平和のためにつかってほしい。
再び不倫について [雑感]
芸能人の不倫について書いたら今度は国会議員ときた。
しかしですね、先日の甘利大臣といい、今回の宮崎議員といい、自民党の議員は一体なにをしているのでしょう。
人数をあつめりゃいいというもんではないでしょう、国民の税金で給料をもらって、国民のためにもっとも良いほうへ努力するために選ばれたのでしょう
ひどすぎませんか??
宮崎議員の謝罪の言葉をきいて、うすら寒くなりました、甘利元大臣にしてもそうですが、自覚が足りなさすぎです。
善悪の区別もついていない、バレなければいいじゃん、、、という子供じみた思考回路。
こういう人たちにまかせていいの???とかなりムカついています。
選ぶほうも、悪い。公認するほうも悪い。
どうしようもない無教養の人たちに占拠された国会、不倫がどうのこうの言う前に、日本を代表する1個人として反省し、なぜ国会議員ななったか、よく考えてほしいです。
バレていない他の人たちもよーく反省し、何のために税金から給料をもらってるか考えてほしいですね。
しかしですね、先日の甘利大臣といい、今回の宮崎議員といい、自民党の議員は一体なにをしているのでしょう。
人数をあつめりゃいいというもんではないでしょう、国民の税金で給料をもらって、国民のためにもっとも良いほうへ努力するために選ばれたのでしょう
ひどすぎませんか??
宮崎議員の謝罪の言葉をきいて、うすら寒くなりました、甘利元大臣にしてもそうですが、自覚が足りなさすぎです。
善悪の区別もついていない、バレなければいいじゃん、、、という子供じみた思考回路。
こういう人たちにまかせていいの???とかなりムカついています。
選ぶほうも、悪い。公認するほうも悪い。
どうしようもない無教養の人たちに占拠された国会、不倫がどうのこうの言う前に、日本を代表する1個人として反省し、なぜ国会議員ななったか、よく考えてほしいです。
バレていない他の人たちもよーく反省し、何のために税金から給料をもらってるか考えてほしいですね。
又久しぶりになってしまった。 [雑感]
テレビでダウントンアビーが又始まった。
ヒーローが事故で死んでこれで終わりかと思ったら新たな展開が始まった。
貴族の館の存続を巡って、親子の間でもさざ波が立ち始める。
使用人たちもそれぞれ不穏さをかかえている。
以前は秩序のはっきりしていた館も時代とともに、立場をわきまえた人間が少なくなっていく。
中世から厳しく守られていた秩序も壊れていく。
それは当然でもあるのだと思う、
何百年も前、人々が過ごしやすく作られた秩序は、科学の発達によって大きく価値観が変わるのは致し方ない。
それはおおかれ少なかれ今私たちの周辺にも起きている。
それを受け入れられない世代もまだ生き残っている。
少しづつ受け入れないことには生きていけないことになっていく。
ダウントンアビーは新たにヨーロッパの大変な時期に突入していく
そして、その流れは現代、ISという勢力に多くの命を失わされた。
民族運動がもし成功したとしても、世界は治まらないだろう、自国の利益だけ考える人々がいる限り世界は常に不安定だ。
ダウントンアビーは個人的な資産家だから、働く人は使用人だから、当然すべてに上から目線で接するのは仕方ないとしても、教養もあり知性もある人間が先祖からの遺産を盾に尊大な態度をとるという図式は時代遅れとしか思えない。
どっちにしろ、このドラマは多くのファンがいる。
古き良き時代を偲ぶのか、あまりにもかけ離れた世界を楽しむのか?王朝時代のきらびやかさにあこがれるのか、
これが日本での物語なら、楽しむことはできないだろうとおもう。
ヒーローが事故で死んでこれで終わりかと思ったら新たな展開が始まった。
貴族の館の存続を巡って、親子の間でもさざ波が立ち始める。
使用人たちもそれぞれ不穏さをかかえている。
以前は秩序のはっきりしていた館も時代とともに、立場をわきまえた人間が少なくなっていく。
中世から厳しく守られていた秩序も壊れていく。
それは当然でもあるのだと思う、
何百年も前、人々が過ごしやすく作られた秩序は、科学の発達によって大きく価値観が変わるのは致し方ない。
それはおおかれ少なかれ今私たちの周辺にも起きている。
それを受け入れられない世代もまだ生き残っている。
少しづつ受け入れないことには生きていけないことになっていく。
ダウントンアビーは新たにヨーロッパの大変な時期に突入していく
そして、その流れは現代、ISという勢力に多くの命を失わされた。
民族運動がもし成功したとしても、世界は治まらないだろう、自国の利益だけ考える人々がいる限り世界は常に不安定だ。
ダウントンアビーは個人的な資産家だから、働く人は使用人だから、当然すべてに上から目線で接するのは仕方ないとしても、教養もあり知性もある人間が先祖からの遺産を盾に尊大な態度をとるという図式は時代遅れとしか思えない。
どっちにしろ、このドラマは多くのファンがいる。
古き良き時代を偲ぶのか、あまりにもかけ離れた世界を楽しむのか?王朝時代のきらびやかさにあこがれるのか、
これが日本での物語なら、楽しむことはできないだろうとおもう。
今年もあと4日 [雑感]
月並みだけれど、アッというまに1年が過ぎてしまった。
きがつけばあと4日、年賀状を書き、仕事はすべて終わり、買い物もすませた。
クリスマスはめずらしく雪が降らず、もしかしてお正月も雪無し、、と期待していたら昨日から大荒れになってしまった。
それこそ、一晩のうちに道路は凍結し車のワイパーも凍り付いている。
そうか、、、暖冬といっても冬将軍は確実にやってくる、灯油が安いのがありがたい。
もう旅はダメかとおもっていたら、ありがたいことに今年は3回もでかけられた。おまけに3時間ほとんど休憩なしでドライブもできた。勿論細心の注意は怠らなかったけれど、無事過ごすことができた。
映画もずいぶん見たし、本も読んだ、大作こそ描かなかったけれど、一応の自分で納得できる作品もできた。
庭仕事がおろそかになったけど、その代り変わった植物などに少し挑戦した。
大きな病気もしなかったし、まあ、なんとか良い年だったといえる。
これで世界情勢が安定していてくれたら、と思う。
生きているうちに世界大戦はみたくない。
戦争を否定しつづけた水木しげるさんも焦土に悲しい思いをした野坂昭如さんも天国に行ってしまった。
ただただ負でしかない戦争をどうして続けるのだろう。
誰かが、私利私欲、、それは国家であり民族であるかもしれないが、のため戦いをおこしている。
そして疲弊しおおくを失い人類は滅亡に向かう。
くる年は平和な地球であることを願って今年を締めくくりたい。
きがつけばあと4日、年賀状を書き、仕事はすべて終わり、買い物もすませた。
クリスマスはめずらしく雪が降らず、もしかしてお正月も雪無し、、と期待していたら昨日から大荒れになってしまった。
それこそ、一晩のうちに道路は凍結し車のワイパーも凍り付いている。
そうか、、、暖冬といっても冬将軍は確実にやってくる、灯油が安いのがありがたい。
もう旅はダメかとおもっていたら、ありがたいことに今年は3回もでかけられた。おまけに3時間ほとんど休憩なしでドライブもできた。勿論細心の注意は怠らなかったけれど、無事過ごすことができた。
映画もずいぶん見たし、本も読んだ、大作こそ描かなかったけれど、一応の自分で納得できる作品もできた。
庭仕事がおろそかになったけど、その代り変わった植物などに少し挑戦した。
大きな病気もしなかったし、まあ、なんとか良い年だったといえる。
これで世界情勢が安定していてくれたら、と思う。
生きているうちに世界大戦はみたくない。
戦争を否定しつづけた水木しげるさんも焦土に悲しい思いをした野坂昭如さんも天国に行ってしまった。
ただただ負でしかない戦争をどうして続けるのだろう。
誰かが、私利私欲、、それは国家であり民族であるかもしれないが、のため戦いをおこしている。
そして疲弊しおおくを失い人類は滅亡に向かう。
くる年は平和な地球であることを願って今年を締めくくりたい。
今年最後の旅 [雑感]
しばらくブログを書けないでいた。
体調もあったしなにかととりとめもなく忙しかった。
ちいさな冒険も何回か。
それにパソコンの調子が思わしくない。いろいろなアプリに支障がきたしている。
window10にしろといってくる。
それにしないと見れなくなるものがあるという。
なぜ商売上とはいえコロコロかわるのだろう。
XPで長らく安定していただけに、またややこしいことになるのかと気持ちも暗くなりそうだ。
ところでこの秋、最後の旅を計画した。
ぎっしり好きなっものが詰まった旅にしようとおもっているが、あまり詰め込むとカラダがもたないかもしれない。
でも体調やお天気やさまざまな条件を考えると、どうしても詰め込みたくなる。
中央から離れた場所に住んでいると、どうしても盛りだくさんの計画をしがちになる。
つくづく地方創生とかいっても、時間とお金はなんとも悪条件だ。
今は昔に比べるとネットや流通などでずいぶん便利になったけれど、文化は依然として中央中心だし、高齢化社会にむけてもっと「生き生き」できるような仕組みがほしいと思う今日この頃です。
とにかく、今回はおいしいものがぎっしりの旅にしたい。
体調もあったしなにかととりとめもなく忙しかった。
ちいさな冒険も何回か。
それにパソコンの調子が思わしくない。いろいろなアプリに支障がきたしている。
window10にしろといってくる。
それにしないと見れなくなるものがあるという。
なぜ商売上とはいえコロコロかわるのだろう。
XPで長らく安定していただけに、またややこしいことになるのかと気持ちも暗くなりそうだ。
ところでこの秋、最後の旅を計画した。
ぎっしり好きなっものが詰まった旅にしようとおもっているが、あまり詰め込むとカラダがもたないかもしれない。
でも体調やお天気やさまざまな条件を考えると、どうしても詰め込みたくなる。
中央から離れた場所に住んでいると、どうしても盛りだくさんの計画をしがちになる。
つくづく地方創生とかいっても、時間とお金はなんとも悪条件だ。
今は昔に比べるとネットや流通などでずいぶん便利になったけれど、文化は依然として中央中心だし、高齢化社会にむけてもっと「生き生き」できるような仕組みがほしいと思う今日この頃です。
とにかく、今回はおいしいものがぎっしりの旅にしたい。
みんなやってる健康法 [雑感]
本当に5年ぶりほどで知り合いの店にいった。
最近夜でかけることはないので、あそこのマスターはどうしてるだろう?とかこちらの家庭料理のお店はまだあるかしら?などなど。
なんと、みんな続けていた。
少しづつ腰がまがっていたり、目が白内障気味だとか言ってたけど、おっとりと元気だった。
食べ物も昔と同じ、少しくたびれたタイルや、ドアの取っ手。
あ、そういえば紙ナプキンがテーブルにのっている。
それにおしぼりは完全にどちらもビニールパックに入った使い捨て。
食器はちょっと変化していた、
あんまりよく覚えていないけれど、以前よりなんだかモダンになったような気がする。
テーブルマットはもちろん変わっているし、微妙に現代風。
ところで、「わかいね~どうやって若さを維持?」ってきいたらそれぞれ違ったカルト的信仰があった(笑)
信仰というと誤解があるけれど、たとえば、特定の場所の水とか、特殊な食べ物とか、特別な講話をきくとか。
それに近いことは中高年以降の人は大体やっている。
健康体操だったり、ごまときなこ牛乳割りを毎朝飲むとか。
振り返って自分は?と思ったら私は自家製野菜ジュースを週3回ほど飲むことぐらい。
あまり健康増進とはいえないかも。
こういう健康に注意するようになるのは、いったい何歳ぐらいからなのだろうと、首をひねっている今日この頃。
最近夜でかけることはないので、あそこのマスターはどうしてるだろう?とかこちらの家庭料理のお店はまだあるかしら?などなど。
なんと、みんな続けていた。
少しづつ腰がまがっていたり、目が白内障気味だとか言ってたけど、おっとりと元気だった。
食べ物も昔と同じ、少しくたびれたタイルや、ドアの取っ手。
あ、そういえば紙ナプキンがテーブルにのっている。
それにおしぼりは完全にどちらもビニールパックに入った使い捨て。
食器はちょっと変化していた、
あんまりよく覚えていないけれど、以前よりなんだかモダンになったような気がする。
テーブルマットはもちろん変わっているし、微妙に現代風。
ところで、「わかいね~どうやって若さを維持?」ってきいたらそれぞれ違ったカルト的信仰があった(笑)
信仰というと誤解があるけれど、たとえば、特定の場所の水とか、特殊な食べ物とか、特別な講話をきくとか。
それに近いことは中高年以降の人は大体やっている。
健康体操だったり、ごまときなこ牛乳割りを毎朝飲むとか。
振り返って自分は?と思ったら私は自家製野菜ジュースを週3回ほど飲むことぐらい。
あまり健康増進とはいえないかも。
こういう健康に注意するようになるのは、いったい何歳ぐらいからなのだろうと、首をひねっている今日この頃。